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松平広忠

概要

時 代
戦国時代
生 誕
大永6年4月29日(1526年6月9日)
死 没
天文18年3月6日(1549年4月3日)
改 名
竹千代(幼名)~広忠
戒 名
応政道幹大居士
墓 所
大樹寺、大林寺、松応寺、法蔵寺、広忠寺
官 位
大納言
主  君
今川義元
氏 族
松平氏
父 母
父:松平清康、母:青木貞景の娘
正室:於大の方、継室:真喜姫
家康、矢田姫、市場姫

戦国時代の武将。三河国岡崎城主。松平宗家8代当主。松平清康の子で江戸幕府初代将軍徳川家康の父である。1526年の生まれと云われ、1535年の清康の急死により松平信定により居城・岡崎城を占領されると、幼くして逃亡の身となり、阿部定吉の助けを受け、吉良持広の庇護を得て伊勢へと避難した。しかし持広が亡くなり、わずか4歳の義安が家督を継ぐと親織田派の家臣の影響力が強まると、再び三河へと逃亡した。ここに至り今川義元の救援を受けることを決断した。1540年、今川義元という後ろ盾を得た広忠は広忠の岡崎城復帰を願う譜代衆の働きや、松平信孝・松平康孝兄弟の協力により松平信定を降伏に追い込み岡崎への帰還を果たした。この頃、妻於大との間に家康が生まれるが、実家の家督を継いだ水野信元が織田家に与したことにより離縁している。1549年死去したとされている、死因は病死、暗殺や一揆により殺害など諸説有り定まらない。1611年に従二位大納言の官位を贈られている

おだいまつり

於大まつり

場所: 愛知 開催日: 2017年4月15日(土)
武者行列 鉄砲演武 一般募集 事前説明会 その他条件

徳川家康の母、於大の方生誕の地である東浦町で行われるお祭りで、八重桜のきれいな明徳寺川沿いをかわいい於大姫と於大の方の生家・水野家の武将に扮した人々が行列します。 【2017年の様子】 長篠・設楽原鉄砲隊 による 火縄銃 …