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小早川秀秋

Kobayakawa_Hideaki安土桃山時代の武将、大名。丹波亀山城主、備前岡山藩主。名を関ヶ原の戦いの後に秀詮(ひであき)に改名している。1582年、木下家定(北政所の兄)の子として長浜に生まれる。叔父である羽柴秀吉の養子になり、幼少より北政所に育てられ、元服してからは木下秀俊、のちに羽柴(豊臣)秀俊と名乗った。従三位・権中納言兼左衛門督に叙任し、関白・豊臣秀次に次ぐ、豊臣家の継承権保持者とも見られていたが、豊臣秀頼が生まれたことにより運命は急変、1594年、秀吉の命により秀俊は小早川隆景と養子縁組させられ小早川秀俊となった。1595年、秀次事件に連座して丹波亀山城を没収されると小早川家の本貫である安芸国三原の30万7,000石を相続する形で筑前(名島城)国主となった。慶長の役では秀秋も朝鮮半島へ渡海し、城の普請などを行った。帰国すると越前北ノ庄15万石への転封命令が下り、家中の多くの家臣を解雇しなければならなくなり、長く付家老として秀秋を補佐してきた山口宗永も秀秋の元を離れている。1598年秀吉が死去すると、遺命として旧領の筑前名島30万7,000石へ復帰した。1600年、関ヶ原の戦いでは西軍として伏見城の戦いに参加した後、松尾山には1万5,000の軍勢で布陣した。しかし当初から家臣の稲葉正成・平岡頼勝と、その平岡の親戚である黒田長政によって東軍への調略が行われており、最終的には家康の催促に応じる形で松尾山を下り、西軍の大谷吉継を強襲した。秀秋の離反から連鎖的に生じた脇坂安治・朽木元綱・小川祐忠・赤座直保らの離反を受け、夕刻までに大勢は決し、西軍は壊滅した。戦後の論功行賞では旧宇喜多秀家領の岡山藩55万石に加増・移封された。関ヶ原の戦いからわずか2年後1602年に急死する。享年21。関ヶ原の戦いの時、背後から強襲された大谷吉継が自害する際、秀秋の陣に向かい「人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん」と言って切腹し、この祟りによって狂死という逸話もあるが、実際に残されている病歴を見るとアルコール依存症による内臓疾患が死因として最有力である。

宇喜多フェス

宇喜多秀家☆フェス

場所: 岡山 開催日: 2017年10月8日(日)
武者行列 鉄砲演武 一般募集 要参加費

天下統一を進める織田家とそれに対抗する毛利家に挟まれた備前を統一し、巧みに戦国の世を生き抜いた宇喜多直家、そしてその息子で豊臣政権の五大老に任じられた宇喜多秀家。その岡山の城下町の基礎を築いた宇喜多父子に注目したお祭りで …

名古屋まつり

名古屋まつり

場所: 愛知 開催日: 2017年10月21日(土)〜22(日)
武者行列 一般募集 その他条件

名古屋の秋を彩る最大の祭で、まつりのメインとなる豪華絢爛な行列では、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑が約600人を従えて行進する郷土英傑行列、歴史と伝統を背負う指定文化財「山車揃」や市文化財「神楽揃」や、フラワーカー …

関ケ原

関ケ原合戦祭り

場所: 岐阜 開催日: 2017年10月14日(土)〜15(日)
武者行列 鉄砲演武 合戦再現 一般募集 自前甲冑可 事前練習会 要参加費

豊臣秀吉没後の覇権めぐる戦国史上最大の天下分け目の戦い 「関ヶ原の戦い」を再現する関ケ原合戦絵巻。全国公募により参加した甲冑武者100人と、殺陣役者・鉄砲隊あわせた総勢130人が布陣パフォーマンス、武者行列、合戦再現劇が …