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蒲生忠知

江戸時代前期の大名。出羽上山藩主、後に伊予松山藩主となる。、1604年、蒲生氏郷の嫡男であり、家督を継いでいた蒲生秀行の次男として生まれ、家臣蒲生郷治によって養育される。1612年、松平の名字を与えられ、1626年に上山藩4万石の藩主となる。1627年兄の忠郷が嗣子なくして早世したため、蒲生氏は断絶するところであったが、母正清院が家康の娘であるということから、ら伊予松山24万石に減移封されるが忠知が家督を相続することを許された。1630年、家中で重臣の抗争が勃発し騒動は3年にも及んだ。忠知は幕府の裁定を仰ぎ事態の解決を見た。この騒動の結果、老臣が流罪・追放されるだけでなく、蒲生郷喜の弟である蒲生郷舎も暇を出され、召し放つ事態に陥った。1634)、参勤交代の途上、京都の藩邸で死因不明の死を遂げた。享年31。嗣子がなかったため、蒲生氏は断絶した。

松山城

松山春まつり(お城まつり)

場所: 愛媛 開催日: 2017年4月2日(日)
武者行列 一般募集 事前説明会

現存12天守の大天守を含む21棟の現存建造物を誇る松山城を中心に開かれる「松山春まつり」(お城まつり)は、小天守閣の再建のを祝い、昭和42年から始めた「大名行列」をはじめ、華やかな催し物が桜の咲き誇る4月に繰り広げられま …