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明智光秀

Akechi_Mituhide戦国時代から安土桃山時代にかけての武将で織田家家臣。明智氏は清和源氏の土岐氏の低い身分の支流とも言われ、生年は1528年とされる。青年期の履歴は不明な点が多く謎に包まれているが、土岐氏にかわって美濃の国主となった斎藤道三に仕え、道三・義龍父子の争い(長良川の戦い)で敗北した道三方であったために城を攻められ一族が離散したとされる。その後、越前国の朝倉義景を頼り10年間仕えた。その頃、室町幕府13代将軍・足利義輝の暗殺され、その弟義昭が各地の武将に上洛と自身の将軍擁立を促していた時期で、朝倉義景を頼ったことから、光秀は義昭と接触を持つこととなった。その後、義昭と信長の両属の家臣となり、1568年の義昭の上洛に加わり、木下秀吉、丹羽長秀、中川重政と共に織田氏支配下の京都の政務に当たり、事実上の京都奉行の職務を行うが、信長と義昭が対立すると今堅田城の戦いに信長の直臣として参戦した。義昭は降伏後に追放され室町幕府は事実上滅亡した。越前一向一揆殲滅戦、高屋城の戦い、石山本願寺との天王寺の戦い、雑賀攻め、信貴山城の戦い等で戦功を重ね、1580年に丹波一国(約29万石)を加増され計34万石を領するようになり、信長は感状を出し褒め称えた。1582年5月、安土で徳川家康饗応役だった光秀は任務を解かれ、羽柴秀吉の毛利征伐の支援を命ぜられて6月2日早朝に出陣するが、信長が宿泊していた京都の本能寺を急襲し暗殺する。光秀は京都を押さえると近畿の周辺勢力の調略に手こずっているうちに、本能寺の変を知り急遽、毛利氏と和睦して中国地方から引き返してきた羽柴秀吉の軍との戦いに敗れ、坂本城を目指して落ち延びる途中、落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺されて深手を負い自害した。享年不明。

明智光秀

亀岡光秀まつり

場所: 京都 開催日: 2017年5月3日(祝)
武者行列 一般募集 自前甲冑可 事前説明会 要参加費

明智光秀公は初代丹波亀山城主として丹波亀山を治め、今日の亀岡の基礎を築きました。亀岡光秀まつりは、この光秀公の遺徳を偲び、市民あげて顕彰する市内最大規模の春まつりです。当日は光秀公の勇壮な武者行列を再現する「明智光秀公武 …

岐阜信長

ぎふ信長まつり

場所: 岐阜 開催日: 2017年10月7日(土)〜8日(日)
武者行列 鉄砲演武 一般募集

岐阜のまちづくりに貢献した織田信長公を称え、毎年岐阜市中心市街地一帯で開催される秋祭りである。メインイベントは、織田信長公や斎藤道三公をはじめとする戦国武将や火縄銃鉄砲隊などによる「信長公騎馬武者行列」。そのほか、岐阜市 …

清洲城信長祭り

清洲城信長まつり

場所: 愛知 開催日: 2016年10月9日(日)
武者行列 鉄砲演武 一般募集 事前練習会

織田信長天下取りの出発点である清洲城を舞台に開催されているお祭りで、2013年までは清洲城ふるさとまつりという名前で親しまれていました、当日は清洲城一帯で火縄銃の演武ほか、手造り甲冑の時代行列など見応えのあるイベントが開 …

多治見祭り

多治見まつり

場所: 岐阜 開催日: 2016年11月3日(祝)
武者行列 一般募集 その他条件

多治見国長や土岐頼定など、多治見市に縁のある武将に扮した行列が市内を練り歩き、秋を彩る風物詩として親しまれています。勇壮な甲冑姿の武者と煌びやかな衣装をまとった奥方に続き、少年武者や腰元・むしの垂れ衣に扮した子ども行列が …

garasy
2017年情報

長岡京ガラシャ祭り

場所: 京都 開催日: 2017年11月12日(日)
武者行列 一般募集 事前練習会

織田信長の命で細川忠興の元に嫁いできた明智光秀の娘「玉」。彼女は本能寺の変以降の謀反人の娘として苦しい生活の中でキリスト教を信仰し、細川ガラシャと名乗った。長岡京ガラシャ祭は、彼女が幸せな新婚時代を過ごした長岡京市で、開 …