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坂本龍馬

坂本龍馬江戸時代末期の志士、土佐藩郷士。1835年11月15日土佐国の郷士(下級武士)坂本家に二男として生まれた。幼年の龍馬は気弱な少年でだったと云われる。1848年に日根野弁治の道場に入門して「小栗流和兵法事目録」を得ると、剣術修行のための江戸自費遊学を藩に願い出て北辰一刀流の桶町千葉道場の門人となる。この年の6月3日、ペリー提督率いる米艦隊が浦賀沖に来航し、龍馬も土佐藩下屋敷守備の任務に就いている。剣術修行の傍ら佐久間象山の私塾に入学し、砲術、漢学、蘭学なども学んでいる。1854年、江戸修行を終えて土佐へ帰国すると河田小龍宅を訪れて国際情勢について学び海運の重要性について大いに感銘を受けたと云う。1855年、再度の江戸剣術修行を申請して1年間の修業が許され、武市半平太らとともに土佐藩邸中屋敷に寄宿した。さらにもう一年の修行延長を願い出て許され、1858年9月に土佐へ帰国した。土佐藩ではこのころ尊王攘夷思想が土佐藩下士の主流となっており武市半平太が結成した「土佐勤王党」に加盟したが、1862年、沢村惣之丞や、那須信吾の助けを受けて土佐を脱藩、江戸に到着して小千葉道場に寄宿し、松平春嶽から正式な紹介状を受けて勝海舟を訪問して門人となった。海舟の取り成しで脱藩の罪は赦免され、海軍操練所設立のために奔走した。しかしこの頃土佐では武市半平太が投獄され、土佐勤王党は壊滅状態に陥っており、勤王党に加盟していた龍馬に帰国命令が出されるが、拒絶し再度の脱藩となる。1864年、池田屋事件に塾生であった望月亀弥太が、禁門の変では安岡金馬が長州軍に参加していたことが問題視され神戸海軍操練所は廃止となった。海舟は塾生の庇護を薩摩に依頼し、薩摩藩の出資により亀山社中を設立して薩長両藩和解に向けて奔走。1866年1月8日、小松帯刀の屋敷において、桂と西郷の会談が開かれ、龍馬が立会人となって列席して、薩長同盟が結ばれた。この年の1月23日投宿していた寺田屋で伏見奉行の林肥後守忠交の捕り方に襲撃され負傷する。時勢の変化を察した土佐藩から脱藩を赦免され海援隊を組織する。その後、今後の政治綱領である「船中八策」後藤に提示し、山内容堂ら連名で大政奉還建白書が老中・板倉勝静に提出され1867年、大政奉還が成立した。しかし同年11月15日、宿にしていた近江屋で中岡慎太郎と供に襲撃され、額を深く斬られる他、数か所を斬られて、ほとんど即死に近い形で殺害された。享年33。

新撰組まつり

ひの新選組まつり

場所: 東京 開催日: 2017年5月13日(土)〜14日(日)
武者行列 一般募集 要参加費

日野市出身の新撰組鬼の副長「土方歳三」の命日にあわせ行われる「ひの新選組まつり」、新選組に特化したお祭りは日野だけであり、全国の隊士が「新選組のふるさと日野」に集結します。まつりのメインイベントとなる新選組隊士パレードで …

坂本龍馬堤灯行列

坂本龍馬慰霊祭(提灯行列)

場所: 京都 開催日: 2016年11月19日(土)
武者行列 一般募集 要参加費

1867年11月15日に京都で盟友、中岡慎太郎と共に暗殺された坂本龍馬の葬儀が、17日に内々にとりおこなわれました。沿道では沢山の人々が 龍馬を見送ったと伝えられています。この葬列を再現すべく、京都龍馬会は龍馬慰霊の提灯 …

京都時代祭

時代祭

場所: 京都 開催日: 2016年10月22日(土)
武者行列 一般募集 その他条件

時代祭は、葵祭、祇園祭と並ぶ「京都三大祭」のひとつで、京都平安神宮で行われる大祭です。平安神宮の創建と平安遷都1100年を奉祝する行事として1895年から始ましました。総勢約2000名で構成された明治維新、江戸、安土桃山 …