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吉村寅太郎

幕末の土佐藩出身の志士。土佐国の庄屋、吉村太平の長男として生まれる。12歳で父の跡を継ぎ、間崎哲馬に学問を学び、武市半平太に剣術を学び尊攘思想に傾倒するようになった。1861年、武市半平太が土佐勤王党を結成するとこれに加盟した。土佐勤王党として活動するうちに、他藩の志士達とも交遊を広げ、島津久光の率兵上京とこれに合わせた浪士たちによる挙兵計画(伏見義挙)に参加するため脱藩を決行した。しかし島津久光は真意は公武合体であり浪士達の行動を押さえるよう大久保一蔵を説得に派遣したが説得も不調に終わり、薩摩藩士有馬新七らは浪士だけで挙兵を決行することを計画する。久光は伏見の寺田屋を襲撃させて過激尊攘派藩士の粛清を断行(寺田屋事件)し、吉村とは捕えられ土佐に送還され投獄される。やがて政情が尊攘派に有利になると釈放され、再び京に上り孝明天皇の大和行幸の先駆けとなるべく中山忠光を擁立して天誅組を組織、大和国で挙兵する。天誅組は堺から河内国に入り、五条代官所を襲撃して代官鈴木源内の首を斬り討幕の兵を挙げたが、直後に八月十八日の政変が起こり政局は一変し、三条ら尊攘派公卿は失脚、大和行幸の詔は偽勅とされた。挙兵の目的だった大和行幸もなくなり、孤立した天誅組は高取城攻撃失敗を機に士気を失ってしまう。その後、周辺諸藩の大軍の攻撃を受けて天誅組は壊滅した。先の戦いで傷が悪化して歩行困難となっていた吉村は津藩兵に発見され射殺された。享年27。

京都時代祭

時代祭

場所: 京都 開催日: 2017年10月22日(日)
武者行列 一般募集 その他条件

時代祭は、葵祭、祇園祭と並ぶ「京都三大祭」のひとつで、京都平安神宮で行われる大祭です。平安神宮の創建と平安遷都1100年を奉祝する行事として1895年から始ましました。総勢約2000名で構成された明治維新、江戸、安土桃山 …