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古田織部

本名は古田重然、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、従五位下織部正の官位に叙任されたことから、織部と呼ばれる事が多い。茶器製作・建築・庭園作庭などにわたって大胆かつ自由な気風な「織部好み」と呼ばれる一大流行を安土桃山時代にもたらした。1543年、古田重定の子として生まれ、織田信長、豊臣秀吉に仕え、武将として活動していたが、1582年頃から千利休に弟子入りし、利休七哲のひとりに数えられるまで茶の湯に傾倒していく。秀吉と利休の関係に溝が入り、利休の追放が決まると重然と細川忠興のみが堂々と利休の見送りを行った。利休が切腹を命じられ死ぬと、その後を継ぎ天下一の茶人となった。茶の湯を通じて朝廷・貴族・寺社・経済界と様々なつながりを持ち、天下の茶人として全国の大名に多大な影響を与える存在となり二代将軍・徳川秀忠の茶の湯の指南役にも選ばれている。しかし1615年、大坂夏の陣の折、豊臣氏と内通し、徳川方の軍議の秘密を大坂城内へ矢文で知らせたなどの嫌疑で切腹を命じられた。重然はこれに対し一言も釈明せずに自害した。師である千利休同様に反骨精神が旺盛で、江戸幕府の意向を無視すること多く、茶の湯を通じて全国の大名にすら多大な影響力を与える存在を幕府が危険視したと考えられている。

多治見祭り

多治見まつり

場所: 岐阜 開催日: 2017年11月3日(祝)
武者行列 一般募集 その他条件

多治見国長や土岐頼定など、多治見市に縁のある武将に扮した行列が市内を練り歩き、秋を彩る風物詩として親しまれています。勇壮な甲冑姿の武者と煌びやかな衣装をまとった奥方に続き、少年武者や腰元・むしの垂れ衣に扮した子ども行列が …